高知建機技能センターは、株式会社高知丸高が運営する教習施設として、四国地域における資格取得の機会を広げるために2022年に開設されました。多言語対応や通訳の配置により、外国人受講者が安心して学べる環境を整備。各資格や安全教育についての講習を通じて、建設業界における国籍を超えた人材育成と協働の実現を目指しています。
INTERVIEW
責任者紹介
株式会社高知丸高 代表取締役社長
髙野 一郎 氏
設立の経緯を教えてください
四国では外国人が技能講習を受けられる教習センターは非常に限られており、資格取得のために大阪など遠方へ出向く必要がありました。交通費や宿泊費の負担が重く、地域の事業者にとっても大きな課題だったのです。そうした状況を受け、自社所有の建物を再活用し、新たに立ち上げたのが高知建機技能センターです。コベルコ教習所松山教習センターの協力を得ながら、多言語対応も備えた施設としてスタートを切りました。2022年に開校し、現在では地元だけでなく、他県からの受講者も受け入れています。
施設にはどのような特徴がありますか?
高知建機技能センターは、かつて宿泊施設として運営されていた建物を講習会場として活用しています。温泉を備え、100人規模の会場もあった施設ですが、時代の流れとともに営業を終了。その後、教習施設として再活用しています。現在は、宿泊営業は休止しており、日帰り講習に限定されていますが、今後の宿泊再開も検討中です。施設の規模を活かし、受講者が快適に講習を受けられる環境が整っているのが大きな特徴です。
開設コースと対応言語は?
現在、フォークリフト、玉掛け、小型移動式クレーン、車両系建設機械、ガス溶接の5つの資格講習を提供しています。対応言語は、ミャンマー語、インドネシア語、中国語、英語、ベトナム語の5カ国語になります。受講者には通訳を配置(ベトナム語通訳は受講者側での手配が必要)し、安心して学べる環境を整備しています。講習用のテキストも自社で翻訳し、多国籍のニーズに対応。受講者が言語の壁を感じずに理解できるよう工夫しているのも高知建機技能センターならではの特徴と言えるでしょう。
人材育成に対する考えをお聞かせください
私は、育成こそが現場の事故を防ぎ、本人と企業の成長につながると考えています。たとえ母国語の教科書や通訳があっても、専門用語や現場特有の危険を本当に理解するのは簡単ではありません。だからこそ、専門知識を持った先輩が丁寧に教える体制が必要なのです。たとえば「つり荷の下に入るな」という注意も、その背景まで伝わってはじめて意味を持つ。育成には時間も手間もかかりますが、それはコストではなく、安全と信頼への投資です。教えた人が次の担い手になる。そうした循環をつくることが、これからの現場には欠かせないと思っています。
今後の展開について教えてください
現在は5言語・5コースで講習を行っていますが、将来的には、さらに多言語対応や教習種目の拡大も視野に入れています。高知県内には現在約6,000人の外国人が暮らしており、地域イベントを通じた啓発活動にも取り組んできました。今後は建設業にとどまらず、介護や自動車整備といった分野にも安全教育の機会を広げていきたいと考えています。あわせて、県や企業との連携も強め、補助制度の活用や広報の工夫を重ねながら、より多くの人が安心して学べる環境づくりを進めていくつもりです。
INTERVIEW
担当者紹介
営業管理部 防災・技術・広報課
エマリア 氏
築50年の宿泊施設を
安心して学べる環境に
約50年前に建てられた施設を、教習の場として再整備しています。施設内も古かったので、照明やクロスを張り替え、各部屋の仕切り壁なども新たに設置しました。屋外の実技場も舗装し直して、重機を安全に扱える環境に整えています。受講生がリラックスして学べるよう、環境づくりには特に気を配っています。
安全に帰るために
学ぶことを忘れないで
受講生の方々は遠い国から日本に来て、一生懸命に働いています。だからこそ、事故なく無事に家族のもとへ帰ってほしいと願っています。彼らに伝えたいのは、免許を持たずに重機を扱うことは絶対にしてはいけないということ。しっかり学び、正しい知識を身につけることが、自分を守る一番の方法なので、そのために私たちの施設を活用してほしいです。
Trainee's VOICE
修了生の声
ウェイ ヤン モー ミントさん
(ミャンマー)
日本の建設業の魅力は?
他の国と比べて、日本は技術がとても進んでいると思います。そこで、日本人と一緒に仕事をしてみたいと考え、来日しました。ミャンマーでは銀行で働いていましたが、座って仕事をするよりも、体を動かすほうが自分に合っているので、思い切って建設業にチャレンジすることにしました。
講習で学んだことは?
玉掛けなどがとても勉強になりました。今の仕事にも活かされていますし、特に大変だと感じたことはありません。ミャンマーでも送り出し機関で重機の練習をしていたので、日本での運転もスムーズでした。これからも特定技能として10年くらいは日本にいたいです。
ピョー テッ カインさん
(ミャンマー)
日本に来たきっかけは?
ミャンマーでは内戦が続いていて、安全な場所で働きたかったというのが一番の理由です。日本に来られるならと、建設業を選びました。ミャンマーでは車の部品を販売していたので、機械を扱うことには興味がありましたし、今は工場で玉掛けや溶接、切断機の作業をしています。
講習で印象に残っていることは?
ガス溶接が一番難しかったです。でも、ミャンマー語のテキストを読みながら、先輩や先生に助けてもらって、少しずつ慣れてきました。日本のアニメや映画が好きだったので、文化の違いには驚きませんでした。今後も日本で働きながら技術を身につけたいです。
FACILITY
施設紹介
築50年の施設をリノベーションし、快適に学べる環境を構築しています。
実技場
元は植物が植えられ、動物が飼われていた庭園を実技場として再利用。
実習室
壁や照明などを新たに設置するなど、部屋全体をリフォームしている。
ホール
宴会場を活用して大人数でも利用できるホールを設置。
2025年3月 取材
